FC2ブログ

    玉姫様ツアー

    1984年1月に戸川純、ファーストアルバム「玉姫様」がリリースされ、2月には全国8カ所にわたる「玉姫様ツアー」を「戸川純とヤプーズ」は行っていた。




    そのツアー先の京都で、僕はヤプーズのライブを初めて観る事となる。

    「あがた森魚」さんのバックバンドのキーボードメンバーとして京都に行っていた僕は、「玉姫様ツアー」のオープニングのために作った「Overture」がどのように使われているのか気になって会場に遊びに行ったのだ。

    そのとき、その、初ツアーの終わりに、キーボードを担当している立川芳雄さんと里美智子さんがヤプーズから抜けると聞かされた。
    そして、ライブの打ち上げの席で、「キーボードを担当してくれないか」とアルファーのディレクターから頼まれる事になった。
    たしか寒い日で炬燵のある居酒屋のような場所だった。楽屋に炬燵があったのかもしれない???
    まったりと炬燵にあたりながら飲んでいたと思う。そのときがヤプーズのメンバーとの初顔合わせだった。



    当時「山海塾」はワールドツアー4年目に入っていたのだが、一度僕は「山海塾」を離れ、一人で日本で音楽の仕事をやって行きたいなと思っていたところだったので、その場で引き受ける事にした。

    1980年から1983年まで山海塾ワールドツアーのため日本にほとんどいなかった僕は、実は戸川純ちゃんの活躍をあまり良く知らなかった。そのポジションやテレビでの発言、雑誌での取り上げられ方。
    何の先入観もなく、彼女の所属レコード会社のディレクターから依頼されバンドに加わる事になる。


    後日、純ちゃんから聞いたが、純ちゃんは僕が山海塾という前衛的な、(という言葉でくくられていた)
    当時はまだ日本であまり知られていない舞踏グループの音楽をやっている人だという事で、
    ずいぶん年齢が上だと思っていたらしい。

    (1984年、山海塾はパリ、ニューヨークを含む全世界で71ステージの舞台公演を行ったが、日本での公演はわずか一日だった。)


    さて東京に帰ると早速譜面を受け取り、ライブを録音したテープを聞きヤプーズのリハーサルに加わった。



    僕のヤプーズメンバーとしての初ライブは1984年5月、東京青山にある草月ホールでのライブだった。
    シングル「レーダーマン」発売記念イベント。

    メンバーは

    ドラムス:泉水敏郎
    ベース;中原信雄
    ギター:鈴木智文
    キーボード:吉川洋一郎
    そして、ヴォーカル:戸川純

    (確か数ヶ月間ギターの比賀江君が参加していなかった時期があった。このときは中原君とポータブルロックというバンドでいっしょにギターをやっていた鈴木君にギターをお願いしていた時期だった。)


    それまでは、山海塾作品の中で、全国の大学祭などのホールでピアノを演奏したり、あがたさんのフォークアレンジのバックバンドの経験はあったが、プロフェッショナルのロックバンドとして演奏するのはその草月ホールが生まれて初めてだった。



    label.jpg
    「ヤプーズ計画」初回プレスビデオパッケージに入れられていたステッカー




    今でも鮮明に覚えているのは、途中ステージ上に漂ってくるスモークとその匂い、そしてレーダーマンを演奏し終えた瞬間に左右から金色の紙吹雪?(というのだろうか)10㎝ほどの長さのアルミ箔のようなテープがステージ全体を覆った。

    それはステージ両サイドから中央に向け打ち上げられたものだった。
    スモークの油で少し鍵盤がべとつき、ひらひらと舞うアルミテープがキーボードの鍵盤上にまとわりついた。
    そのような演出の事を知らされていなかった僕は、驚きとともに今までとは違う世界に飛び込んだ事を楽しんでいた。

    「鍵盤の中に入るとショートするから、ちゃんととっておいた方がいいですよ」PAの人から教えられた僕は、終演後キーボードをケースにしまう前にその箔を一枚一枚はがした。


    EPシンングルを切った「レーダーマン」と「母子受精」はそれぞれムーンライダーズの白井良明さん、そしてサザンオールスターズのライブサポートメンバーだった国本佳宏君がアレンジを行った。
    草月ホールでその日演奏した2曲は、発売したシングルのアレンジをライブでも生かしたいというディレクターの意向で、他の曲のような、バンドだけの演奏では行わなかった。

    アルファーレコードのエンジニア、飯尾芳史君がFOSTEXの8チャンネルのオープンリールテープレコーダーにスチューダーの24chマルチトラックレコーダーからミックスしたものを持ち込み、プレイバックし、そのカラオケを聴きながら一緒に演奏を行った。

    はじめそれは難しい事に思われたが、ドラムの泉水君はテープから流れてくるクリック音とカラオケを聞きながら演奏する事にとても慣れていて、本番でもスムーズに演奏する事ができた。

    とにかくドラムさえしっかりテンポキープされていれば周りはなんとかなるものだ。


    その「レーダーマン」の発売キャンペーンは盛大に行われ、後日フジテレビ「夜のヒットスタジオ」へも出演する。




    なにぶん20年前の話なので、記憶があいまいだ。
    出来る限り当時の写真や資料を見直しながら書くようにするが、勘違いしているところや、記憶が違っているところがあったら、ご存知の方はお教えください。




    2011-07-24 : Yapoos計画のころ : コメント : 0 : トラックバック : 0
    Pagetop
    コメントの投稿
    非公開コメント

    Pagetop
    « next  ホーム  prev »

    ブロとも一覧

    カレンダー

    11 | 2019/12 | 01
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -

    検索フォーム

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QR
    ヤプーズ計画 LIVE&CLIP+2 [DVD]ヤプーズ計画 LIVE&CLIP+2 [DVD]
    (2002/12/04)
    ヤプーズ

    商品詳細を見る
    ヤプーズ計画(紙ジャケット仕様)ヤプーズ計画(紙ジャケット仕様)
    (2012/10/24)
    ヤプーズ

    商品詳細を見る
    蛹化(むし)の女~蜷川実花セレクション蛹化(むし)の女~蜷川実花セレクション
    (2012/07/25)
    戸川純、ヤプーズ他

    商品詳細を見る
    極東慰安唱歌(紙ジャケット仕様)極東慰安唱歌(紙ジャケット仕様)
    (2011/05/11)
    戸川純ユニット

    商品詳細を見る
    TOUR-LIVE ’85~’86 [DVD]TOUR-LIVE ’85~’86 [DVD]
    (2006/02/22)
    戸川純とヤプーズ

    商品詳細を見る