香川県 坂出市のこと 干し柿


    香川県 坂出市のこと


    僕は香川県坂出市生まれで、実家があるのでよく帰っている。

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    実家の近くの製麺所。香川ではうどん屋ではなく、こういう麺を打っている製麺所の片隅が店になりうどんを食べさせる店が多い。なのでとても安い。

    ここは昼間1時間しかうどん屋としては営業しない日の出製麺所。家から徒歩5分。
    昼時にはいつも長蛇の列が出来る。

    そして驚くほど安い。小一杯100円。

    その代わり自分で出汁をかけたり葱を切ったりしないといけない。

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    この要潤さんのCMでうどん県として有名になった。ブランディングの成功例だろう。



    先週も数日香川で過ごしたが、庭に干していた干し柿がちょうどほどよい干し具合になったので食べた。
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    子供の頃から、うちの庭や叔父さんの山でとれたシブ柿をお風呂につけ、渋抜きをしてこのように干して作る。


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    ほどよい甘さの干し柿。


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    2012-12-30 : 日々のこと : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    Compact Disc DataBaseについて

    Compact Disc DataBaseというサービスがある。

    よくiTUNEなどでCDをPCに入れると曲目が自動的に出てくるのだが、あれは必ずしもCD自体に情報が埋め込まれているのではない。

    マスタリング時にCDにTOC(Table Of Contents)をかきこむことも出来るのだが、まだ曲タイトルが決定されていなかったりする場合もあるので弊社でリリースするCDにはそのデータを入れ込んでいない場合もある。

    しかしいつのまにかiTUNEにCDを入れるとタイトルが出てくるようになる。

    自動的に出てくるはずはなく、CDを購入してくださったファンの方が知らない間に入れていただいている。
    これは実はiTUNEなどから個人で登録することが、可能なのだ。

    「これはありがたい、だれかファンの人が勝手にやってくれるんだ」。と喜んでいたが、そうではないこともある。
    時々曲の順番が間違って入っている。

    山海塾のCDの場合シーンタイトルの前に、客入れ用の曲が「プロローグ」というタイトルで短く入るのだが
    多くのCDのデータベースにこれを入れるのを忘れて、書き込んでいる。

    そして曲数があわなくなって、同じ曲名を2回入れたりしている。
    検索すると何人もの方にタイトルを入れていただいているようで、中には正しくなっているのもある。

    なるべくアルバム発売と同時にこのデータベースに入れるようにしているが。
    皆さんCDDBに書き込みしていただくさいには、プロローグという曲もあるのを忘れずに<(_ _)>します。

    中にはこのデータベースに書き込むの、趣味にしてる人もいるんだろうな??

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    2012-12-21 : 音楽 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    「筑波大学プラチナアソシエイト証」と「学長感謝状」贈呈式


    12月13日に筑波大学文京校舎で行われた文京ミーティングにおいて,鈴木久敏副学長(広報担当)から,筑波大学ブランディングに貢献したという理由で、
    一倉宏さんと僕に「筑波大学プラチナアソシエイト証」と「学長感謝状」が贈呈されました。

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    また筑波大学のWEBページに贈呈式の様子が掲載されました。



    その後のミーティングで来年の筑波大学開学40周年にあたり、様々な企画が持ち上がり、
    その話の流れで、これは大学のオフィシャルな企画としてではないのですが、
    僕や一倉さんなどOB、OG達が中心となって行う同窓会企画として
    「東京楽祭〜LIVE IN TOKYO」というコンサートの企画が持ち上がりました。
    まだ企画書をこれから練る段階ですが、これは大変だけど面白そうなコンサートになりそうな予感がします。

    皆さんご協力よろしく_(._.)_いたします。





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    2012-12-17 : 大学 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    筑波大学創造学群表現学類の授業の様子

    tkb1.jpg

    アップが遅くなったが、平成24年度 未来構想大学講座
    創造学群表現学類-OB・OG指導によるクリエイティブ体験講座Bの様子。

    今年は授業のタイムテーブルを変更したり、テーマに対する制作方法を各学生が選択できるようにした。

    一日目の講義ののち、グループに分かれ作品を制作する。

    今回の制作課題は「筑波大学をPRする」

    ラジオCM・映像・ポスター・編集(小冊子、新聞などの広報誌)・キャラプロジェクト(メディア展開、商品展開まで考える)
    各自どの媒体を選択しても良い。



    一日目の講義の様子。
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    コトバ表現学、電通の角田先生の授業ではラジオCMについて




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    ラジオCM制作中。


    そして恒例のOBOGの話が直接聞ける夜の授業!!??
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    電通社員は体育会系なんですね。新入社員は全員富士登山をするらしい。そして富士山頂からお得意さん宛にはがきを出すそうな。

    各業界のリアルな話がポンポン飛び出す。



    そして2日目


    朝から作品作り。

    お昼にみんなでランプという筑波の老舗の喫茶にいったら発見!
    さすが筑波。宇宙飛行士のサインがずらり!!
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    そして締め切り時間となり発表

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    キャラクターをテーマにしたチームの発表

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    ポスター制作チームのために用意された巨大なプリンター。
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    残念ながら、時間内にプリントアウトが終了せず、急遽プロジェクターでのプレゼンテーションに


    そして、これはただの発表会では終わらない。
    プレゼン終了後に先生がたの講評と共に、点数をつけ優劣を競った。

    今回は圧倒的多数の得点を獲得した「漂流教室」というラジオCMを制作したチームが優勝。
    この作品は発表中どっと会場が沸きっぱなし。期待を超えた、とても面白い物が出来上がった。
    この作品は後日試聴可能になる予定です。お楽しみに!!
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    2012-12-14 : 大学 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    ヤプーズオリジナルメンバー浅草に集まる

    昨晩は二十数年ぶりにヤプーズオリジナルメンバーの三人で集まって飲んだ。

    ギターの比賀江くんとベースの中原くん。
    3時過ぎに浅草雷門の提灯の下に集まり

    kaminarimon.jpg

    浅草寺のお参りをし、飲みに向かった。

    asakusa1.jpg

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    以前浅草に来たときはとても寂れていたが、東京スカイツリー効果だろうか、活気を取り戻していた。

    asakusa3.jpg
    東京スカイツリー

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    夕方4時から開いている店がなかなかなくて、適当な店をHOT PEPPERで探して軽く飲み、二軒目は、浅草らしい店を探して、入ってみた。


    二十数年分の、あいつはどうしてるその後どうなった話で話の尽きることがなく。

    色んな人の話が。
    純ちゃんの話から始まり
    野宮真貴ちゃんの話。
    ドラムの宮田くんがKARAの仕事をしている人に近い話。
    音楽業界から引退して、当時誰よりも貧乏だった仲間が中国の不動産投資で成功しウォーターフロントの億ションを持っている話。
    あと、まああまりここで取り上げなくあげたくない人の話。
    そのほか当時のミュージシャン仲間の今の話。
    あと全国ツアーの時の笑い話、二十年以上経っても、話のテーマは変わらないなあ。

    スーちゃんとても元気にやってました。

    当時10年くらい本当にず^^^と一緒に仕事と遊びをしていた仲間とまた集まるというのは良い物ですね。


    asakusa5.jpg
    7時間くらい飲んだところで記念撮影。みんな相当酔っ払ってます。
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    2012-12-10 : Yapoos計画のころ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    25歳、境界説と全然関係ないけどクリスマスの写真

    前回ブログで僕がどうやって音楽業界に入ったかについて書いた。

    時々音楽業界やテレビの業界に挑戦しようという学生や知り合いからアドバイスを求められることがある。

    そのときまだその人が24歳以下なら「挑戦してみたら」と言うけれど25歳になっている人には、「なかなか難しいですよ」と言うことにしている。

    前の事務所で僕のマネージャーをやっていた男性が、以前俳優で歌手の武田鉄矢さんの付き人のような事をやっていた。その彼が武田さんから
    「この業界、25歳までに周りにプロとして見られるようになかったらあきらめた方が良い」と彼はしょっちゅう言われていたのだそうだ。
    武田さん自身
    もうこれが最後の挑戦で、これで駄目だったら歌手をあきらめ九州に帰ろうと思った24歳で、
    海援隊の大ヒット曲「母に捧げるバラード」で日本全国に名を知られることとなった。

    確かにこの業界。10代の頃からオーディションやコンテストなど音楽、俳優、モデル、などあらゆるジャンルで門戸が開かれている。

    アイドルなどは小学校低学年からテレビに出演して仕事をしたりレッスンをしている人もいる。
    次々とみなそのオーディションに挑戦する中で、そこに挑戦しないまま、もしくはチャンスをつかめないまま25歳になったら
    業界的には、新人として認められることはそうないと思う。

    アンジェラアキさんのように28歳でデビューという例もなくはないが、滅多にない例だと思うし、奇跡は普通起こらないから奇跡なので、まず難しいと考えるのが普通だろうと思う。

    parisrainbow.jpg
    2010年春のパリ公演の時に宿泊先のホテルから見た虹。この時の願い事はすこしかなったかな?





    とここまで読んで、ふんそうか、僕は、私は、25歳過ぎているからあきらめようと思った人は、100パーセントやめた方が良い。

    なに言ってんだ、そんなの関係ないよ、絶対なるんだからと思った人は、なれるかもしれない??

    僕自身19歳の頃東京大森にあった、大駱駝艦の寮で、大人たちに「僕音楽で食っていきたいんですけど」
    って相談したら、「なに言ってんだ、よく考えてみろよ、むりにきまってんじゃん」と良く言われたが、なれたから。


    だけど、武田鉄矢さんの言われた「25歳、境界説」というのが業界の中で仕事を依頼する側の人たちの中で雰囲気としてある事は確かだと思う。

    そうそうそれから、周りを見ていてよくある例だが、例えば音楽を楽しむのが好きなのと音楽を作るのが好きなのは全く異なる。これを勘違いしている人がよくいる。

    音楽を作りビジネスとしてやっていくのが好きじゃないと絶対に音楽業界では無理。
    それにはこつこつ自分のワザや技術を磨き続ける必要がある。
    そういうことが僕は好きで飽きることがない。もちろん普通に音楽も好きだが、作るのに必要なワザとして譜面をこつこつ書いたりアレンジをこつこつ進めたり。

    基本的に自分を鍛え続けるのが好きな人じゃないと無理な世界だと思います。


    noel1.jpg
    クリスマスが近いので。2009年のクリスマスの写真。パリ、サクレクール寺院の近くの通り。
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    2012-12-08 : 音楽 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    僕はどんな風にして音楽の道に進んだのか? その2 筑波大

    大学時代。

    入学した筑波大学はまだ出来たばかり(僕は3期生)で、本当に自由な雰囲気があった。
    今思えばこれほどいい出会いに巡り会えた環境はなかったのではと思うほど、楽しい大学時代を過ごした。

    tsukuba77_1.jpg
    体芸棟
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    本当に出来たばかりで見渡す限りの畑と森の中に学校があった。



    筑波大学は現在でも学生が作るベンチャー企業が日本一多い大学だが、当時から会社を作る仲間が多かった。
    僕の友人Aはオープンという学生ベンチャーの出版社につとめ、タウン誌を創刊した。
    このオープンという出版社は今も大学の近くで続いている。

    しょっちゅうAと遊んでいた僕はある日、その雑誌オープンの広告で地元の人がジャズクラブを作ろうとして、スタッフを募集している事を知った。
    僕はその広告主にすぐ会いにいった。

    そして広告主(後に筑波市市議会議員になる野口修さん)と意気投合した僕は、学生の仲間を集め大学の宿舎のすぐ近くにジャズクラブを作ることになる。
    作るといっても本当に内装工事を自分たちで行った。

    akuaku1.jpg

    akuaku2.jpg
    この建物の外装から内装、ポスターから告知のビラ、フリーペーパーまでみんな自分たちの仲間で作った。


    大学2年生の夏休みを全て使い切って芸術系の学生仲間を集め手伝ってもらい、コンクリートを練り、なにもなかったがらんとした部屋に煉瓦を積みグランドピアノを入れ、マランツのステレオを入れカウンターを入れ、ライブハウスを作った。野口さんが代表となり国民金融公庫に行ってそのための借り入れを1000万円ほどした。

    そして1979年9月9日 (僕が20歳の時) 筑波大学初のAKUAKUという名前のライブハウスが大学追越宿舎脇に誕生する。

    akuaku5.jpg

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    こんな風に毎週演奏をさせてもらった。

    akuaku3.jpg
    オープニングの月に東京からやってきたミュージシャンに「こちらはできてから随分経ってそうですね、何年目ですか?」と尋ねられた。
    吉祥寺にあったジャズクラブの内装を真似して作ったのだが、学生が自分たちでコンクリを塗ったものだからすでに床にひびが入っていた。



    僕達はライブハウスが出来たものだから、東京に出かけていって有名ミュージシャンに出演しませんかと声をかけた。

    そしてオープニングには山下洋輔トリオが出演してくれることになった。
    その後も都内で活躍する有名ミュージシャンを次々とブッキングした。
    僕は毎晩のようにAKUAKUでピアノを弾かせてもらい、時には東京から来るプロのミュージシャンと共演した。
    なんと!浅川マキさんと共演したこともある。

    僕はそのブッキングスタッフをしていたつながりで、結成間もなく、全国ツアーを始めたばかりの山海塾と出会い、ワールドツアーを共にし、音楽を職業とするきっかけをつかみ今に至る。

    思い返せば、音楽の道に進むチャンスをつかめたのは、自分自身とその仲間で音楽の現場をつくり、そこに関わるプロフェッショナルたちと現場を共有できるようにした。なのかな?

    今思えば随分小生意気な学生だったろうと思うが、それくらいの生意気さと行動力と人を巻き込む力と誇りを音楽と自分に対して持っている人じゃないと、この業界でやっていけないだろうなとも思う。(どの業界でもそうだろうが)

    あまり参考にならないかもしれないが、僕はこんな風にして音楽の仕事をするようになりました。



    (よく考えてみればこれは僕が20歳の時の話で、野口さんもほとんど年は変わらないし、色んな作業を手伝ってくれたのは後輩達だし、みんな18〜20歳の仲間でライブハウス経営をする会社のような組織を作り、借り入れをし、建物を借り、工事をし、運営してたのだなあ。と今思い返すと我ながらよくやったなと思う。おそらくこういうベンチャーの精神は今も筑波には色濃く残っている)




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    2012-12-06 : 大学 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    僕はどんな風にして音楽の道に進んだのか? その1 附属中学、丸高

    guitar.jpg
    叔父さんのギター

    ypiano.jpg
    ピアノ発表会

    小学校の事を書いたのでついでにその後の事も。

    僕はどんな風にして音楽の道に進んだのか?短縮版??だけど10年分のことだから長いよ。

    中学はそのまま香川大学教育学部附属坂出中学に進んだ。

    中学ではブラスバンド部でサックスを吹いたり、天体観測に夢中になったり、アマチュア無線にも夢中になり大学程度の物理、工学、数学を勉強して2級アマチュア無線技士の免許を取得したり。

    音楽は好きだったがその道に進もうと思うほどではなかった。

    chorus.jpg
    合唱団。左から3番目

    garden2.jpg
    1年から6年までずっと学級委員だった。

    そして受験をして香川県立丸亀高等学校、理数科に進んだ。
    この理数科は附属中学どころではない超難関クラスだった。定員40名だったが、確実に香川県の西半分の地域の学生のトップ40名がクラスにいた。生徒は県西全域から通学していた。

    僕はその中で万年ビリから4番目。残念ながら3年間ずっとそうだった。つまりクラスではずっと劣等生だった。結局クラスの半分は国立の医学部に進学し8人が東大、残りの10名ほどが一般の私立医学部。
    ビリから4番目だった僕は筑波大学、ずっと僕の下だった女子二人は確か奈良女子大と津田塾。「野球ばっかりやって」とよくしかられていた万年ビリのFくんは現役で早稲田に進んだ。

    これは一般的な感覚から相当ずれているのだけど、おかげで早稲田とか慶応とか聞くと、そうか僕と同じくらいのビリッケツだったんだねえという感覚を植え付けられてしまった。

    ホント、鶏口となるも牛後となる勿れです。

    クラスでは劣等生だったから、中で浮いていたし、親しい友達は出来なかった。全員が受験のライバルだったのでピリピリしていて楽しかった記憶があまりない。

    僕は結局あまり勉強に身が入らず、趣味に熱中した。
    まあそのおかげで音楽や作曲のおもしろさに目覚めた僕は、高校2年の時に将来音楽の道にすすみたいと思うようになる。

    なぜ目覚めたか?

    これはクラブの先輩のおかげだ。やはり周りの環境がその後の人生を大きく左右する。

    高校のクラブ、物理部の先輩のHさんの趣味が作曲でそのおもしろさを教えてくれた。いつの間にか二人で曲を作ってはテープレコーダーに録音しお互い批評するようになった。そして僕は在学中に100曲ほど作曲しカセットに録音し譜面を書いた。
    お互い昼食代をこっそり貯めてはLPレコードを買い、録音し合った。

    marugame.jpg
    物理部の部室。なぜかみんなで歌っている?


    このHさんはその後東京工業大学に進み、厚木にあるソニー技術研究所の工学博士になり、後にプレイステーション2というテレビゲームのレーザーシステムを発明、開発する。

    すなわち逆に自分が今までと同じではなく、もっと上を目指したいと思ったときには周りのつきあう人と環境を変えるのが、一番簡単な方法だろうと思う。

    そして僕は音楽家を目指した。
    それにはどう考えても四国にいては駄目だ、何が何でも東京の大学に行かないとチャンスはないと考えた。

    さて、大学受験の志望校を選ぶにあたり、僕の実家の職業から、親は僕に医学部受験を勧めた。(強要シタ、に近かったか?)
    二代続いている診療所の患者さんを息子に引き継がせたいと考えたのだろう。
    しかし僕は絶対いやだった。ちょっとの血を見ても気が遠くなるほど臆病者なのに、医者になるには実習で絶対ドバドバと血をみるに違いない。そして音楽のおもしろさに目覚めていた。

    そこで親に提案をした。
    もし現役で国立一期(当時は国立に一期校二期校という制度があった)の大学に合格出来なかったら、浪人して親の言うとおり、医学部に行き地元で医者になる。
    その代わり国立一期に合格できたら自分の好きな道に進ませて欲しいと交渉した。
    親はしぶしぶクビを縦に振り、僕は何が何でも合格確実なところで筑波大を選んだ。

    結局その年は、私立はどこも受けず、筑波大一カ所しか受験させてもらえなかった。
    これは大きな人生の賭だった。もし筑波に合格していなかったら、夢をあきらめて今頃坂出駅の近くで吉川医院をやっていただろう。
    ところが、まんまと筑波大学に合格した僕は四国を脱出し、親元をはなれミュージシャンの道を模索する。

    ありがとう筑波大。東京の茗荷谷で受験したので、てっきり東京の大学だと思ってきてみたら、入学式で初めて筑波に来てみると沼のあるような茨城の奥地だったけど、文句は言わない。
    そもそも医大じゃなく、四国から脱出出来ればどこでも良かったので、僕は学校の事をよく調べもしなかったし、大学の下見にも行かなかったのだから。

    続く
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    2012-12-02 : 大学 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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