金柑少年1980年

    山海塾が1980年初めてワールドツアーにいったときに撮影した16ミリフィルムをアップしました。



    同じ作品を2009年東京芸術劇場で上演したときに撮影したものもこちらにアップ中。



    1980年から今まで我々は全世界、47カ国700都市以上の場所で上演しているのだが、もしかするとギネスに入るような記録になっていはいないだろうか??うちのメンバーでギネスのことを思い浮かべる人がそもそもいないので、黙々とただひたすらワールドツアーを続けているのだが。今度調べてみよう。
    本日はフランクフルトにて公演の予定。


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    2011-05-26 : 山海塾 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    クラシックのアルバムプロデュース

    2年ほど前から行っているクラシックのアーティストプロデュースで、発売した作品のPV用にミックスのやり直しや
    資料整理やYOU TUBE映像へのアップ等をここ4日ほど集中して行っていた。

    オーストリアと日本を中心に活躍されているアーティスト今川裕代さんだ。

    7月22日(金)、23日(土)墨田トリフォニーホールでの新日本フィル”新・クラシックへの扉”シリーズに出演予定です。


    昨年夏に軽井沢大賀ホールでセカンドアルバムをレコーディグし、プロモーションビデオ映像を作ったのだが
    編集の途中で色々試行錯誤しているうちに、完成が今の時期になってしまった。

    昨年サントリーホールで行ったソロリサイタルの様子や先日僕が主催したコンサート

    関連資料をこちらにまとめておくのでクラシックにご興味ある方は是非ご覧ください。







    L'Isle joyeuse 喜びの島 HIROYO IMAGAWA 今川裕代  Claude Debussy






    2010年11月3日サントリーホールにて収録
    ショパン Chopin
    ショパン 夜想曲第2番変ホ長調 op9-2






    2010年11月3日サントリーホールにて収録
    映像 第2集 Images Deuxième Série
    ドビュッシー 金色の魚
    Poissons d'or






    今川裕代 http://twitter.com/hiroyo_piano セカンドアルバム「喜びの島」より
    クラシカルライン2010年11月3日
    アマゾンJP、全国のCDショップにて発売中




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    2011-05-24 : 音楽 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    ドイツツアー

    明日より山海塾ドイツツアーのスタートです。


    tobari.jpg


    5月18日 19日 Theater Bonn   TOBARI - As if in an inexhaustible flux

    21日  Teo Otto Theater  TOBARI - As if in an inexhaustible flux

    24日 25日  Frankfurt LABTOBARI - As if in an inexhaustible flux

    28日    The Theater Heilbronn TOBARI - As if in an inexhaustible flux



    今回は僕は不参加。日本で居残りでひたすら編集の日々、、

    フェイスブック山海塾オフィシャル と 山海塾ファン にダンサーのみんな、色々書き込むと思いますのでご覧句ください




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    2011-05-18 : 山海塾 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    1985年7月9日のノート/Yapoos計画のころ

    1985年7月9日から開始したノート。

    このノートはいつも僕が様々なアイデアを書きためるために持ち歩いていたノート。

    Yapoosで会議した内容の議事録だったり、僕のプライベートな仕事のメモに交じって、純ちゃんの書きかけの歌詞や制作するアルバムのアイデアも書かれている。

    ノートの最初のページに純ちゃんが次のように書いている。


    1985年8月~9月にレコーディング11月~12月にアルバムリリース ライブ

    レコーディング候補の曲

    シティーボーイ
    エンジェルベイビー
    その絵を踏むな
    メヌエット
    エルサレム
    降誕節
    春めきGirl
    セシルカット
    電車でGo
    昆虫群
    パンク虫の女
    玉姫様
    レーダーマン
    リズム運動
    人間合格
    オーロラB

    ビデオクリップのアイデア

    (ロケ)
    漁村 学校 沖縄 軽井沢 本郷 北品川(京浜) 川崎 北海道
    (さし込み)
    学校 ニュース 日本海

    テーマ

    ウルトラQ 怪奇大作戦 乱歩 夢野 ゴモンレコード


    そして左隅に小さく「ツアーライブ1985~1986」に出てくるビデオ映像のもとになる川崎の工場地帯の絵コンテ。

    ライブの時の舞台衣装、舞台装置のアイデア。

    セーラー服のような衣装を身にまとい、真ん中に大きく(戸)と書かれた鉢巻きを締め、右手でマイクを持っている。小道具としての刀も書いてある。






    そして数ヵ月後、1985年 冬 に書いたアイデア頁には




    ヤプーズデビューアルバム(HYSレーベル)

    1986年 9月~10月発売予定


    1986年2~5月新曲作り

    5~7月リハーサル、レコーディング

    Produced & Directed by Yapoos

    リリース、アルファーレコード

    ジャケット:岡本太郎

    (その時は確かめなかったけれど、純ちゃんは岡本太郎と親交があったのかもしれない)
    と書いてある。




    1983年のバンド結成の約2年後。1985年には「戸川純&Yapoos」というバックバンドとしての存在ではなく、リードボーカル戸川純のバンド「Yapoos」として活動する道をみんなで模索し始めていた。


    実際にそれが実現するのは、それからさらに2年後1987年の事だ。







    なにぶん20年前の話なので、記憶があいまいだ。
    出来る限り当時の写真や資料を見直しながら書くようにするが、勘違いしているところや、記憶が違っているところがあったら、ご存知の方はお教えください。
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    2011-05-17 : Yapoos計画のころ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    はじめに/Yapoos計画のころ

    Yapoos計画のころ。


    はじめに。

    僕にとってYapoosは1983年秋、アルファーレコードのディレクターSさんから電話をいただき、戸川純さんの初めてのライブツアーのオープニング用の曲を作って欲しいと依頼されたのがスタートだ。(裏玉姫「OVERTURE」)

    1984年1月にリリースする「玉姫様」という彼女のファーストアルバムのライブツアーを全国8か所で予定しており、そのオープニングで使用したいと言う話だった。

    uratamahime1.jpg
    uratamahime2.jpg


    その出会いから8年間。

    今思えば当時はまるで家族のように、スケジュールが空くといつもダラダラとみんなでいて、アルバムリリースの計画や映画の話や恋の話をした。

    いろいろ大変なこともあったが、本当に楽しく素晴らしい時間をバンドのメンバーと共有した。

    1991年6月2日アルバム「ダイヤルYを廻せ」リリース後、新宿厚生年金ホールのライブを最後に、バンドをやめるまでのキラキラした時間の話をここに書いておこうと思う。



    現在も戸川純さん、中原信雄さんが中心になってYapoosは健在だ。





    d_y.jpg
    (シングルMen's J.U.N.A.Nのジャケット撮影用に作った爆弾の小道具。木を削りだして制作してもらった)





    なにぶん20年前の話なので、記憶があいまいだ。

    出来る限り当時の写真や資料を見直しながら書くようにするが、勘違いしているところや、記憶が違っているところがあったら、ご存知の方はお教えください。
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    2011-05-17 : Yapoos計画のころ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    ピナ・バウシュのこと

    今日僕のフェイスブックのウォールにバレーダンサー、ピナ・バウシュの映像が流れていた。



    4年ほど前、旧国立劇場に天児、山口小夜子さんと一緒にピナの公演にうかがったことを思い出し懐かしくなった。

    この年天児とパリで、ピナ率いるヴッパタール舞踊団のダンサー、シャンタラのソロ公演の仕事があり、うち合わせを兼ねて行ったのだった。

    その日は初期の作品 Café Müller と Le Sacre Du Printemps が演目で、特に国立劇場の舞台に敷き詰めた泥の上で踊るストラヴィンスキー曲の Le Sacre Du Printemps は何度観ても素晴らしくエモーショナルなものだった。


    (1/4)から(4/4)まで分割してアップされています。探してみてください。



    公演後、楽屋でパーティーがあり、僕たちはシャンタラと打ち合わせたり、、、、僕は途中でおいとましたが、天児はピナと朝まで飲んでいたそうだ。


    その2年後2009年6月僕たちはベルリン公演を行っていた。

    その劇場にピナから「新作を上演しているので、遊びに来ないか」と言うメッセージとともにお花が届けられた。
    しかし残念ながらツアースケジュールの都合で、うかがう事が出来なかったが、その作品が彼女の最後の作品になった。

    帰国後、彼女がお亡くなりになったニュースを僕は聞いた。
    あの美しい踊りをもう観られないと思うと大変残念だ。

    Great Lady Of Dance.Much loved & appreciated!







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    2011-05-13 : 山海塾 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    山海塾  次回新作制作は2012年

    ブログやツイッターで懐かしい話しで盛り上がっていたところに、パリにいる天児から山海塾の次回新作のことでメールが。
    次回は2012年予定で動き始めた。

    1986年以来ほぼ2年に一度新しい作品を作り続けているのだが、2年は長いようで短い。

    ヨーロッパで新作を作り終わり、それを日本に持って帰り音源をCDにし、日本ツアーを行い一息ついたらもう新作制作の一年前になっている。

    新作とそれに続く2012年ヨーロッパツアーには現在編集している”KAGEMI”のDVDを発売したい。

    編集作業に戻ろう。




    そうそう、昨日の YapoosのYOU TUBE画像を 南極の近く、チリに住む 僕のファンのフェイスブックのWallに張りつけてみた。
    彼女はものすごいアニメおたくの日本好き。どんなコメントがくるか?楽しみである。




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    2011-05-12 : 音楽 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    戸川純さんのアルバム You Tube

    昔在籍していたバンド Yapoos 戸川純さんのアルバムが本日、SONY Music Directより再発売された。

    You Tubeを検索すると当時のPVやテレビ番組出演の時の映像がアップされていて懐かしくなったので、僕の作曲したものをいくつか、ここにアーカイブにしてリンクを貼付けておきます。

    ただ著作権的には x なので、どなたかが申請して、いつの間にかなくなっていたりするかもしれません。そのときはあしからず。

    それにしてもYOU TUBEを見てみると英語の書き込みで、まじめに彼女とレディーガガを比較しているコメントが多く見られる。確かに今見直しても戸川純の素晴らしい才能を感じる事が出来る。特にPV撮影に関しては彼女自身のアイデアで常に制作が進められていたと記憶する。プロデュースも彼女自身がリスクテイクしていたはずだ。

    TOUR LIVE'85~'86のPVは、映像作家、中野裕之さんとの編集作業で、数億はしたフェアライト社の映像合成用コンピューターを長時間使用し、スタジオから朝帰りしたことを覚えている。
    今から20~28年前の事だ。





    好き好き大好き

    作詞 戸川純  作曲 吉川洋一郎





    曲中のストリングスは表参道にあった天井がガラス張りのスカイと言うレコーディングスタジオで録音した。確か現在のキディーランドあたりのビルの最上階にあったスタジオで天井から自然光が入ると言うのがスタジオの売りだと聞かされた記憶がある。
    このPVの中には様々な過去の映画作品へのオマージュが散りばめられている。


    バーバラセクサロイド

    作詞 戸川純  作曲 吉川洋一郎  演奏 Yapoos




    このイントロのリズムボックスは当時水道橋にあったアルファーレコード所有のLDKスタジオと同じビルに入っていた、リハーサルスタジオにあったもの。
    京王技術研究所(現コルグ)が1963年に発売した、国産初のリズムボックス、ドンカマチック(DONCA MATIC )の音を録音した。純ちゃんから半分くらい書いた詩をもらい、そのリハーサルスタジオでメロディーを作った記憶がある


    大天使のように

    作詞 戸川純  作曲 吉川洋一郎  演奏 Yapoos





    このアルバムをレコーディングしたのは富士山のふもとにあった河口湖?山中湖?レコーディングスタジオ。
    レコーディングに煮詰まって富士急ハイランドにメンバー全員で遊びに行き、ゴーカートのようなアトラクションで車をぶつけあって遊んだ。
    途中出てくる青いボルボ。当時のっていた僕の車です。


    ロリータ108号

    作詞 戸川純  作曲 吉川洋一郎  演奏 Yapoos




    この収録が行われたのは当時の渋谷公会堂。今のC.C.Lemonホール。2階席まで超満員の会場をキーボードを弾きながら見上げると、2000人を超す満席の観客がジャンプして2階席全体が波打っていた。

    この前後でライブハウスツアーなども行い、名古屋のELLという小さめの会場でやったところ、あまりにも客が入りすぎ、目の前にいる客が酸欠でバタバタと倒れたのを記憶している。
    高橋という(後に小室哲也の事務所の社長?)当時アルファーレコードのディレクターが「これ以上騒ぐと危険です。おとなしくご覧ください。皆さんお約束できますね!」というようなことをステージに出て言ったのだが、ロックコンサートでおとなしく聴く客なんかいるはずがなく、演奏しているとまたバタバタ客が倒れて行った。
    汗だくになってキーボードを弾いていた。

    続く、、、

    なにぶん20前の話なので、記憶があいまいだ。出来る限り当時の写真や資料を見直し正確に書くようにするが
    勘違いしているところや、記憶が違っていそうなところがあったら、お教えください。

    吉川ツイッターまで 

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    2011-05-11 : Yapoos計画のころ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    フェイスブック

    フェイスブックを使っているのだが、これはほかのSNSに比べて各段に情報の伝達機能が優れていると思う。

    昨日、今年秋に発売予定の編集中の映像の一部をYOU TUBEにアップロードして、ツイッター、ブログ、フェイスブックで「動画アップしました」と書き込んだところツイッターでは1人、ブログでは0、フェイスブックは50人のコメントやLikeボタンでのリプレイがあった。

    ツイッターのフォロアーは5000人、ブログは始めたばかりなので約100人毎日ご覧いただいていて、フェイスブックのフレンド数は500人。

    フェイスブックの何と1割のフレンドが何かしらメッセージをくれた。

    フェイスブックは声かけやすいのだろうか?それにツイッターのようにコメントが流れて消えてしまわない。
    (最もツイッターでツイートしたのが午前3時頃だったので、日本は真夜中。フェイスブックだとヨーロッパアメリカは昼間から夕方というのもあるのかも知れないが??)

    フェイスブックは英語で書いていて、コメントをくれた98パーセントが海外のフレンドだった。
    フェイスブックはつながりが多くなるほど、その趣味や話題が共通の友人が増えてきてどんどんその輪が広がってくるのが楽しい。
    最近はアラブ首長国連邦のアーティストと友達になったり。

    まだフェイスブックをちゃんと初めて3ヶ月くらいだが、あっという間にフレンドが千人単位になりそうである。(個人では5000人が限度らしい)

    昨年秋にアメリカでツアーで話題になったLinked InというSNS  日本ではまだほとんど、はやっていないが英語圏の人々と仕事をするには必須になりそうな気がしている。

    万人単位、それも趣味が共通している人々に情報をながせるメディア。すごいなあ。いろいろなビジネスがこれから生まれるのだろうな。



    しかし以前、スタンフォード大学で行われたインターネットのセミナーに参加したとき、HPの重役の講座を受講し、最も印象的だった言葉がある。

    「かつてゴールドラッシュで、みんなアメリカンドリームを夢見、金持ちになろうとして西部に向かった。ほんの一握りの人が金を掘り当てた。そしてほとんどの人が失敗した。そして最ももうけたのが、西部に向かう人たちに作業をしやすい服を開発し売りつけた、リーヴァイスだった。」

    マークザッカーバーグが最終的には一番儲かるという訳だけど、それにしてもフェイスブックよくできている。



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    2011-05-11 : 日々のこと : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    KAGEMI 編集中 筋肉少女隊」の「大槻ケンジ」さんのお兄さん

    山海塾 2000年パリ市立劇場初演作品
    かげみ
    編集中です。

    途中の部分をアップしてみました。

    撮影し、編集するたびにここをこうすればよかったとか、色々みえてくる部分が多くて。
    とにかくダンサー合わせてスタッフ40人くらいのチームで作るものだから、なかなか思ったように、すんなりとはいきません。
    しかしまあ、よくこんな映像が撮れたなと感心してますが。



    YOU TUBEにアップしたダイジェスト部分、下からのあおり部分の映像のカメラ担当は、「筋肉少女隊」の「大槻ケンジ」さんのお兄さんが担当。映像会社IMAGICAのカメラマンをなさっています。


    撮影終了後に「宇宙を観た」と一言おっしゃいました。

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    2011-05-10 : 映像 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    王様のブランチ

    今朝TBSテレビ 王様のブランチを見ていると、先日このブログで紹介したダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011で大賞を受賞した株式会社ムームーの森川幸人さんが出演していた。

    筑波大学で今年の夏に開かれる予定の未来構想大学講座 創造学群表現学類の講師 もお願いしている。
    筑波大の後輩で、同じ軽音楽サークルに所属していた。

    彼のオフィスをレポーターが訪れ、アニメーションの制作風景や制作するコンテンツの発想のもととなる書籍が山積みになった部屋など紹介していた。

    「ヌカカの結婚」は
    森川さん自身の原作による絵本が元々出版されていて、その電子書籍版である。昆虫の世界の出来事を人間界に置き換えた非常に面白い生物学絵本。

    彼のほのぼのとしたイラストがいい味わいの大変面白い電子書籍です。
    ゼヒダウンロードを!
    無料体験版もあります


    さて、この連休以来 山海塾”KAGEMI”の編集を本格的にスタートさせている。松本芸術劇場で撮影した素材、鎌倉芸術館で撮影した素材、全部でカメラ15台分の素材を並べて、タイミングをとってマーカーをつけて、、、
    トータルタイム80分の作品なのだが、それぞれ15分ほどの同じ景の素材をタイムラインに並べるだけで一日かかってしまう。

    kagemi 1
    kagemi 3
    鎌倉芸術館での撮影風景

    遠い道のりです。 仕事に戻ろう


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    2011-05-07 : 大学 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    世界最古の大学  井上ひさしさん 「たいこどんどん」@シアターコクーン

    今日はTheatle de Lyon の演出家 Acolas Bénédicteさんと現在進行中のわれわれのプロジェクトの打ち合わせをメールで行い、その後スペインの世界最古の大学である Universidad Complutense de Madrid 宛にそこの先生から頼まれて山海塾の「HIBIKI」 「UNETSU」の DVDを彼らのライブラリー Biblioteca de la Facultad de Bellas Artes に収めるために発送したり。

    大学といっても僕の想像をはるかに超えていて、この Universidad Complutense de Madrid 創立は12世紀。
    日本でいえば鎌倉時代tに作られた大学。

    まあそういう大学のライブラリーに自分のプロデュースした作品が所蔵されるというのは結構作りがいがあるものです。

    夕方から井上ひさしさん作、蜷川幸雄さん演出のお芝居「たいこどんどん」をシアターコクーンに観に行く。
    蜷川さんは今日はセンターの音響ブースのところでご覧になっていた。
    2年前、池袋芸術劇場での山海塾公演の時、蜷川さんにトークショーの出演をお願いして、あの時の楽しいトークのことを思い出した。そう言えばあのとき撮影したVTR。僕が保存しているのだが、機会があればYOU TUBEなどで公開できないだろうか?

    今日の作品はホントに素晴らしい作品だったけれど、それゆえに井上ひさしさん演出、こまつ座でも観ておけばよかったとつくづく思った。

    それから我々山海塾作品もうそうだけれど、舞台に乗せるまで単純に数百時間のリハーサルが必要な表現、そういうものじゃないともう我々は観客は満足できない。圧倒されない。
    逆にそういうものが現在観客を呼び込んでいる。そして膨大なリハーサルの積み重ねが圧倒的な舞台上のオリジナリティーを生むのだと思った。シアターコクーン満席でした。

    そして舞台俳優と、そうではない人たちの存在感の違い。これはとても大きかった。

    また、歌舞伎役者は生まれつきの物凄いものを持っている。日本の宝だなと思った。

    さて井上ひさしさん、僕は中学くらいから大ファンで全ての小説を読んでいたのに、大人になって舞台作品を観に行く機会を自分で作らなかったことにも後悔。

    それから、山海塾作品を自分はずっと作ってきたけれど、舞台作品の中でも音楽が音楽として重要なポジションを締めるダンスとかバレーとかそういう作品にかかわれたことはラッキーだったなとつくづく思った。
    つまりストレートプレイ、いわゆるお芝居の中での音楽は、評価される対象にそもそもならない。
    いくら蜷川演出とはいえ、お芝居のなかでの音楽の役割はとても低い事を再認識した。


    作品自体、井上ひさしさん初期の作品で、NHKの仕事などをこなしながら幅広い表現について模索しつつ作られ、当時書かれた井上さんの文章など思い出しつつ懐かしく思った内容でした。


    なんとなくお芝居を観ながら感じたことをとりとめなく列記してみました。

    そうそうバレーの全日本の大林素子さんも出演されていて、出演者の誰よりも背が高く舞台映えしてよかったです。スポーツ選手から舞台女優への転身、少し意外でしたがすっかり女優さんでした。ホリプロ所属だから?


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    2011-05-04 : 山海塾 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    シカゴ現代美術館

    今日は シカゴ現代美術館 
    映像ディレクターからの依頼の仕事で、僕のプロデュースした山海塾「HIBIKI」の映像から抜粋したものをH264ファイルに書き出している。

    昨年のアメリカツアーで山海塾公演を企画した人たちからの依頼になる。
    現在レンダリング中。

    あと18分。


    一カ月ほど前から山海塾作品の映像のダイジェストムービーをYOU TUBEにアップロードするようにした。さっそく反応があったので嬉しい。
    本当に最近やり取りするメールやFacebookのやり取りなどほとんど英語になってきた。
    まあ綺麗で立派なな英語で伝えられるわけではないが、もう何十年もネット、世界の劇場での仕事を特に問題なく進行してきている。

    またネット上は英語がネイティブな人ばかりではなく、非英語圏の人同士てもOKなやり取りの作法があって慣れてしまえば、難しいことではない。

    レンダリングにはまだまだ時間がかかるので、このすきに夕食でも作ろう。

    ということで
    無事サーバーにアップしシカゴに連絡。


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    2011-05-02 : 映像 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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    大掃除 加藤和彦さんのスタジオと金子國義さん

    仕事が一段落して、次の大きな作業に取り掛かる前に、久々に仕事場の大掃除をした。間違えた譜面や届けられた資料やらで机の上に紙が山積みになっていたので、思い切って必要ないものを次々にシュレッダーにかけた。
    ああ、数か月ぶりにすっきりした。

    作業場はこんな感じです。

    amp.jpg
    この写真の右に机があってヤマハのキーボードにジェネレックのスピーカーが大中小と三種類置かれている。
    楽器はヤマハのDX7という古いキーボードがマスターキーボード用に一台あるだけで何もない。全て机の上に置いてあるPCの中にソフトウェアーとして入っている。


    pc.jpg

    机の左のノートパソコンの中に仕事用のすべてのソフトウェアーが入っている。
    オーケストラのシュミレーションをするヴィエンナインストゥルメンツのフルセットや様々なヴァーチャル楽器が数十種類インストールされている。これらの楽器と、昔でいえばテープレコーダーの代わりをする録音用の、プロツールスというレコーディング用ソフトを組み合わせての作業になる。
    ストリングスやオーケストラの生楽器のダビング作業をホールやスタジオで行う時はフィナーレという譜面を作製するソフトを立ち上げてスコア作りを行う。

    amp2.jpg

    積み上げているのはマイクアンプで、これは持ち出してホールなどでストリングスやピアノヴォーカルなどを収録するときに主に使う。またミュージシャンに家に来ていただいて、ヴァイオリンとか、ギター、ヴォーカル、二胡など録音するときにも使う。
    上からグレースデザイン社のオーケストラなどの生楽器収録時に使用するMODEL801。ルバートニーブ氏が開発したAMEK社の9098DMA。フォーカスライト社の様々なマイクアンプのシュミレーションの出来るリキッドチャンネル。

    下の方にあるエフェクターは業務用レコーディングスタジオでは定番の、マイクやギターを録音するときに使用するアナログのコンプレッサーで、チューブテックのCL1BにUREIの1178のリミッター。


    mic.jpg


    録音するときにはこのマイク達を使用する。みんなコンデンサー型というマイクなのだが、指向性が異なっていたり、下の大きいマイクは真空管の増幅回路で作られていたり、用途に応じて使用する。

    レコーディングスタジオで録音する場合は、ハードディスクでデータを持っていって録音し、終わったら持ち帰り、ここで最終の音の調整を行う。

    今思えば、僕は小学校のころからの自分の部屋のサイズはこのくらいの6畳間だった。実家は古い日本家屋で10畳と8畳の部屋が8っつに6畳が2つの母屋と、8畳が6っつの離れ、庭の中央に12畳くらいある納屋があり、部屋数だけは多かったが、その中でも一番狭い6畳間でほとんどすごし、そこで作曲をしていた。
    そう言えば納屋の中には曾祖父がアメリカ移民先から持って帰った、蓄音器用の古いSP盤が山積みになっていた。

    プロになって確か山海塾作品「卵熱」をレコーディングしていた1985年ころは20畳以上ある仕事場を借りていたことがあるが、広すぎて落ち着かなかったように記憶する。

    地球大紀行のレコーディングは主に、昨年お亡くなりになった加藤和彦さんのスタジオと東芝EMIの赤坂にある別館の方のスタジオで作業をしていた。
    どちらもあまり大きなコントロールルームではなく落ち着いて作業ができたように思う。

    本館(寺尾あきらさんのヒット曲のおかげで建ったビルなので「ルビーの指輪ビル」と業界では呼ぶ人もいた。)のスタジオしか開いてない時に、大きなEMI第一スタジオを使うこともあったが、当時、村田英雄さんなど大御所がよくいらして、次のスケジュール待ちなどされていて、ひやひやもので落ち着かなかった用に記憶する。
    巨大なスタジオブースの壁に「音楽は心」だったかな?「Heartful Music」だったか??
    大きく標語が書かれていて、ちょっとダサイナと思ったように記憶する。

    加藤和彦さんのスタジオは、六本木にある2階建てのご自宅の一階で、同じレコード会社所属という関係もあってよく使用させていただいていた。玄関を入ると金子國義さんがジャケットデザインを手がけたアルバムのゴールドディスクの受賞の楯がズラリと壁に飾られていた。

    そしてダンディーな加藤さんがマントのようなコートをひらりと羽織ってお出かけになる姿をよく見かけ、いつもご挨拶したことを覚えている。
    ご自宅には地下室があり、テニスコートになっていたように記憶する。

    加藤さんのスタジオのすぐ近くには、久石譲さんのスタジオワンダーステーションがあって、そこのフェアライトもよくお借りしていた。
    六本木のあの辺りは急な坂になっていて冬場の録音で明け方近く終了すると、夜露で坂道が凍結していて、車のタイヤが滑るので危なくて、ひやひやしながら帰っていた。

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